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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)226号の1 判決

原告 有限会社昇月庵

被告 渋谷税務署長

訴訟代理人 竹内康尋 加納昂 ほか三名

主文

1  被告が昭和四二年六月三〇日付で原告の昭和三七年四月一日から同三八年三月三一日までの事業年度の法人税についてした更正及び重加算税賦課決定のうち所得金額七一二、七一七円を超える部分を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各更正に原告主張の違法があるかどうかについて判断する。

1  原告は、本件各更正は渋谷民商に対して攻撃を与える意図から行なつたものであるから違憲違法であると主張する。

〈証拠省略〉によれば、原告代表者は、昭和四一年二月に渋谷民商の勉強会に参加し、修正申告の件で同民商事務局長の松浦保善に相談したこと及びその後同人や同民商会長の山川嘉一の協力を得て、被告側と修正申告や更正の請求の件で何度か交渉したことが認められるが、右認定の事実は、原告の右主張を何ら裏付けるものではなく、また〈証拠省略〉中には、本件各更正がされる前に原告代表者が被告に呼び出され、小川課長に民商をやめれば一年分だけまけてやるから民商やめなさいと言われた旨の供述部分があるが、右供述部分はにわかに措信しがたく、更に証人松浦保善の証言中には、原告代表者が民商と相談して更正の請求をしたことに対する報復として本件各更正がされた旨の供述部分があるが、右供述部分は同証人の個人的な見解に過ぎないことが明らかであり、その他本件全証拠を検討してみても、原告主張の事実を認めることはできず、かえつて本件各更正をするに至つた経緯として、後記2の(一)の事実を認めることができる。よつて、原告の右主張は理由がない。

2  原告は、本件各更正は違法な反面調査に基づいてされたものであるから違法であると主張するので、この点について判断する。

(一)  原告は、反面調査は納税義務者本人の調査によつては課税標準等の内容が把握できないことが明らかな状態となつたことが前提要件であるのに、本件反面調査は、その前提要件を欠くから違法であると主張する。

しかしながら、反面調査は、諸般の事情にかんがみ客観的な必要性があり、かつ社会通念上相当な限度にとどまる限り、その時期、程度については、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり、原告主張のような前提要件があると解すべき根拠はない。

本件各更正をするに至つた調査の経緯について〈証拠省略〉を合わせると、次の事実を認めることができる。

被告は、原告の三七ないし三九事業年度について原告から更正の請求がされ(ただし、期限徒過(昭和四一年法律第三二号による改正前の国税通則法第二三条)のため嘆願書扱いとした。)、また原告の四〇事業年度について原告の総利益率が同業者の総利益率約六〇パーセントに比べて約一〇パーセント低かつたので、原告の三七ないし四〇事業年度について法人税調査をすることとした。被告所部係官蛯原吉明及び同高橋博は、右調査のため事前連絡なく昭和四一年一〇月二六日午後一時三〇分ころ、原告店舗に臨店した(被告所部係官が昭和四一年一〇月二六日に原告店舗に臨店したことは、当事者間に争いがない。)。当時は同店舗が改築開店して三日目ころであり、店内には二、三名の客があつた。同係官らは、原告代表者に対し、三七ないし三九事業年度について更正の請求の処理のため調査し、合わせて四〇事業年度についても原告の法人税調査をする旨調査理由を告げて、帳簿類の提示並びに調査当日現在の売上関係及び現金管理の状況について調査協力を要請したが、原告代表者は、「帳簿はない。」などと述べるのみで提示せず、また「忙しくて調査に付き合えない。」「現在の売上を調べる必要はない。」などと述べて、右調査に応じなかつた。そこで同係官らは、同日は調査不可能と判断し、次回調査の都合を尋ねたが、原告代表者は、「忙しいので約束できない。」と述べた。同係官らは、帰署後上司の小川課長に復命して指示を求めたところ、同課長は、本人調査は協力が期待できないと判断して、同係官らに銀行等の反面調査を指示した。同係官らは、右指示を受けて金融関係の調査に入つたところ、原告と八千代信用金庫渋谷支店との間の取引が判明し、同支店の調査により、原告の同支店からの借入金の返済が興産信用金庫代々木支店を支払人とする原告代表者個人名義振出の小切手でされていたことが判明し、更に同支店の調査により、同支店に原告代表者梁瀬良助個人名義の当座預金(本件預金)が設定されていることが判明した(興産信用金庫代々木支店に原告代表者梁瀬良助個人名義の当座預金が設定されていることは、当事者間に争いがない。)。同係官らは、原告代表者個人の収人は給与収入と不動産収入のみであるのに本件預金に毎日のように頻繁に現金入金があつたこと及び本件預金の支出面に頻繁に原告の営業に関する支出があつたことなどから、本件預金を原告の簿外当座預金と判断し、その入金額を原告の売上入金と認定したが、他方本件預金からの支払として原告の弟の営むパン類小売業の仕入代金の支払があることも判明した。そこで同係官らは、右事実関係及び原告の帳簿の有無を確認するため、あらかじめ原告代表者と電話連絡のうえ、昭和四二年四月二四日午前一〇時三〇分ころ、小平調査官及び所得税関係を担当する矢部係官と四人で原告店舗に臨店し、原告代表者に面接したが、その際の調査には渋谷民商の山川嘉一会長と松浦保善事務局長が同席した。その際原告代表者は、帳簿については税理士が保存していたが、現在死亡しているためわからない旨述べ、また本件預金については、入金には原告の売上金、弟のパンの仕入代金の立替金弁済金、原告ないし同代表者の時借りその他の入金があり、出金には原告の仕入、経費、弟のパンの仕入金の立替、借入金の返済、預金の振替がある旨述べるのみで、個々の入出金については具体的個別的な説明は全くなかつた。同係官らは、原告代表者に同人の弟に面接調査したい旨要請したが、協力は得られなかつた。被告は、本件預金の入金の大部分は現金入金であるため、個々の入金が原告の売上除外によるものであるか否か調査し得ず、出金についてもその数が多数に及ぶため、調査し得ず、かつ原告代表者の協力も得られなかつたので、やむを得ず推計により原告の本件各事業年度の所得金額を算出したところ、申告に係る所得は過少と認められたので本件各更正をした。

以上の事実を認めることができる。証人松浦保善の証言及び原告代表者尋問(第一回)の結果中右認定に反する部分は、いずれも前掲証人蛯原吉明及び同高橋博の各証言と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告が反面調査をしたのは、昭和四一年一〇月二六日の臨店調査において、被告所部係官が帳簿類の提示等調査協力を要請したのに対し、原告代表者が帳簿類の提示をせず、右調査に協力しなかつたためであり、右臨店調査に違法な点の存しないことは後記(二)のとおりであるから、右時期に反面調査の客観的で合理的な必要性があつたことは明らかである。

(二)  原告は、本件臨店調査は違法であると主張するので、この点について判断する。

(1) 原告は、事前通知は原則として質問検査権行使の適法要件であるのに、本件臨店調査は、事前通知なしにされたものであるから違法であると主張するが、質問検査に際しその実施日時の事前通知をすることは、質問検査を行なううえの法律上の要件とされているものではないから、原告の右主張は理由がない。

(2) 原告は、本件臨店調査の目的からみて被告所部係官がした調査は合理的必要性がなく、また臨店に当たつて調査理由及び調査の合理的必要性についての開示は全く行なわれていないから、本件臨店調査は違法であると主張する。

更正の請求を端緒として税務調査をする場合においても、結局その課税標準たる所得の金額の調査に帰着するのであるから、その調査の範囲は、更正の請求をした者の主張に限定されるものではなく、調査の客観的な必要性があり、かつ社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。

ところで、本件臨店調査の目的は、前記(一)認定のとおり原告の本件各事業年度の法人税に関する調査をすることであつたのであるから、原告の本件各事業年度の帳簿を調査することは必要かつ不可欠なことであり、調査当日の原告の売上及び現金管理の状況を調査することも、原告のように売上が毎日の現金収入を主とする業種にあつては、合理的に必要かつ相当な範囲にとどまるものと認められる。

また、質問検査に際し調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知をすることは、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではなく、当該税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり、本件臨店調査に際しては、前記(一)認定のとおり原告代表者に対して一応の調査理由の告知がされているから、原告の右主張は理由がない。

(3) 原告は、本件臨店調査は調査対象物の範囲が特定明示されていないから違法であると主張する。

しかしながら、前記(一)認定のとおり、本件臨店調査において、

被告所部係官は、三七ないし四〇事業年度について原告の法人税調査をする旨調査理由を告げて、帳簿類の提示を求め、合わせて調査当日の売上関係及び現金管理の状況について調査協力を要請したのであるから、調査の範囲及び対象物は原告代表者に告知されているのであり、原告の右主張は理由がない。

(4) 以上のとおり、本件臨店調査の違法をいう原告の主張はすべて理由がない。

(三)  原告は、法人税法第一五四条は反面調査の相手方を法人と取引関係ある第三者に限定しているから、法人の代表者個人の取引に属する帳簿書類を調査するには当該個人の事前の承諾を要するものと解すべきであるところ、本件反面調査は、その対象のほとんどが原告代表者個人の取引に関する相手方及び帳簿書類であるのに、原告代表者個人の事前の承諾を得ないで行なわれたものであるから違法であると主張する。

しかしながら、法人税法第一五四条が反面調査の相手方として規定する「法人に対し、金銭の支払若しくは物品の譲渡をする義務があると認められる者又は金銭の支払若しくは物品の譲渡を受ける権利があると認められる者」とは、権限ある税務職員の判断によつて、法人に対し、金銭の支払若しくは物品の譲渡をする義務がある者又は金銭の支払若しくは物品の譲渡を受ける権利がある者に該当すると合理的に推認される者をいうと解すべきであつて、法人税法第一五四条の規定に関する原告の解釈は採用し難い。

そして、〈証拠省略〉によれば、原告の役員は原告代表者と同人の妻及びいとこの三名であること、原告から給与の支給を受けていたのは、原告代表者と同人の妻及び従業員一名の三名であること、原告店舗は、原告代表者の所有であり、原告はそれを賃借していることになつていること、及び原告店舗改築のための借入金に、原告名義によるものと、原告代表者個人名義によるものとがあることが認められ、これら諸点からすると、原告は実質的には原告代表者個人経営と同様と認められる。このような場合には、原告の法人税調査について、原告名義の取引関係に限らず、原告代表者個人名義の取引関係を調査することは、特に前記(一)認定のとおり原告側が税務調査に非協力である場合には、合理的に必要かつ社会通念相当な調査方法であり、現に前記(一)認定のとおり、原告の借入金が原告代表者個人名義の本件預金の払出により返済され、本件預金に原告の売上金の入金及び原告の営業に関する出金があり、本件預金は、原告の簿外当座預金の性質を有するものであつたのである。したがつて、被告が、原告代表者個人の事前の承諾なく、本件預金を始めとして原告代表者個人名義の取引に関する相手方及び帳簿書類について調査(反面調査)したことに何ら違法はない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(四)  原告は、反面調査については納税義務者本人の事前の承諾、又は同人に対する事前の通知及び調査理由の開示が要件であるのに、本件反面調査は、その要件を欠くから違法であると主張する。

しかしながら、反面調査に当たつて納税義務者本人の事前の承諾を要するものではなく、また、同人に対する事前の通知及び調査理由の告知が行なわれることも、反面調査を行なううえの法律上の要件とされているものではなく、当該税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであるから、特に前記(一)認定のとおり原告が税務調査に非協力である本件においては、本件反面調査に当たつて原告主張の手続がとられなかつたからといつて、右調査が違法になるものと解することはできない。よつて、原告の右主張は理由がない。

(五)  原告は、本件反面調査、特に本件預金の調査は、反面調査の目的からみて、その合理的範囲を逸脱するものであるから違法であると主張するが、本件預金の調査を始めとする本件反面調査は、前記(一)及び(三)記載のとおり、いずれも合理的に心要かつ相当な範囲にとどまるものと認められるから、原告の右主張は理由がない。

(六)  以上のとおり、本件反面調査の違法をいう原告の主張はすべて理由がなく、被告のした反面調査は適法に行なわれたものというべきである。

3  原告は、本件各修正申告は、申告するに至つた経緯及びその内容の明白な虚偽性により無効であり、三七ないし三九事業年度の各更正は、無効な本件各修正申告を前提にするもので根拠がないから違法であると主張する。

しかしながら、三七ないし三九事業年度の各更正は、被告の税務調査によつて判明した結果に基づいて改めて原告の三七ないし三九事業年度の各所得金額を全体として確認する処分であつて、本件各修正申告の存在を前提とするものではなく、かつ主体、内容、手続及び形式のいずれの面においても本件各修正申告とはかかわりのない処分であるから、仮に本件各修正申告に無効事由があつたとしても、そのことが直ちに右各更正の違法事由となり得るものではない。よつて、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、右各事業年度の更正につき、本件各修正申告に係る所得金額を下回るところの各更正の請求に係る所得金額を超える部分の取消しを求めるのであるが、更正の取消訴訟においては、手続上の違法を別にすれば、更正の違法の存否は、更正に係る所得金額が客観的に正当とされる所得金額を超えているか否かによつてのみ決せられるべきものであるところ、右各更正には、前記1及び2並びに後記4記載のとおり手続上の違法はなく、また、原告の右各事業年度の所得金額は、いずれも後記5の(二)記載のとおり本件各修正申告に係る所得金額を上回るから、結局本件各修正申告が無効であるか否かを判断するまでもなく、原告の主張は理由がないことに帰する。

4  原告は、本件各更正は推計課税の必要性がないのに推計により課税されたものであるから違法であると主張するので、この点について判断する。

原告は、実額による課税に必要な本件各事業年度の帳簿を有していたと主張し、〈証拠省略〉には、右主張にそう供述部内があるけれども、原告代表者は、被告所部係官らの昭和四一年一〇月二六日及び同四二年四月二四日の臨店調査において、同係官らに対し、実額による算定を可能ならしめるような帳簿等を一切提示しなかつたことは前記2の(一)に認定のとおりである。

これに対し、原告は、昭和四一年一〇月二六日の臨店調査は違法であるから、原告は右調査に協力すべき義務はないと主張するが、右調査が適法であることは前記2の(二)記載のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。また原告は、原告側の非協力によつて実額の把握の見通しが不可能になつたという事実はないと主張するが、前記2の(一)認定の調査経緯に関する事実に照らし、原告の右主張は失当であることが明らかである。

そして、原告のように不特定多数の客からの毎日の現金収入を主とする業種にあつては、現金出納帳その他原告において日々記帳する帳簿等によらない限り、実額による所得の把握は到底不可能であることはみやすいところである。

そうしてみると、原告の本件各事業年度の所得を実額により算出することは到底不可能であつたというべきであるから、被告が原告の本件各事業年度の所得を推計により算出して本件各更正をしたことに何ら違法はないし、また〈証拠省略〉によれば、原告は、本件各更正に対する異議申立て及び審査請求の段階においても、その所得を実額で算定するに足るような資料を一切提出していないし、かつ本訴においてもそのような資料は提出されていないのであるから、本訴において原告の所得を算定するについても、推計によらざるを得ないものというべきである。

5  そこで、被告が本訴において主張する推計方法の合理性について検討する。

(一)  被告の主張2について

(1) 売上計上漏れについて

本件預金に原告の売上金が入金されていることは、当事者間に争いがない。

そして、被告は、本件預金の入金総額(この金額は当事者間に争いがない。)から、原告の売上金とは認められない〈1〉時借りその他売上入金とは認められない入金額及び〈2〉パン仕入代金の立替金の弁済による入金と認められる金額を控除し、更に〈3〉原告が確定決算報告書に計上した売上金額(この金額は当事者間に争いがない。)を控除して、原告の売上計上漏れを算出する方法を主張するが、右〈1〉及び〈2〉の各金額の算出方法が合理的である限り右売上計上漏れの算出方法は合理的なものであると認められる。

そこで、右〈1〉の金額の算出方法について検討するに、〈証拠省略〉によれば、被告所部係官蛯原吉明及び同高橋博は、本件預金の入金額から右〈1〉の売上入金とは認められない入金額を抽出する基準として、「一日当たりの原告の売上金による入金と右〈2〉の原告代表者の弟のパン仕入代金の立替金の弁済による入金とを合わせて最高限三万円程度と推定し、一日当たりの入金額のうちおおむね右三万円を超えるものを右〈1〉の売上入金とは認められない入金額とする。」「一日に二回現金で入金されている場合は一回分だけを売上入金額とする。」「振替入金、手形入金、配当金入金等は右〈1〉の売上入金とは認められない入金額とする。」以上の三点を設定したこと、原告の売上金入金と右〈2〉のパン仕入代金の立替金の弁済による入金とを合わせて三万円を超える入金を除外したのは、右両入金額は経常的なものであり、右〈2〉の金額については原告代表者の弟の申告からその仕入原価を算出し、これを右〈1〉の金額とは別に本件預金の入金総額から控除したためであり、三万円を基準としたのは、原告の申告売上原価と同業者の原価率約四〇パーセントとから原告の年間売上高を推計すると約四百万円で、一日平均約一万五、六千円となり、それに右〈2〉のパン仕入代金の立替金の弁済による入金額を加味した結果であること、同係官らは、前記三点の基準を基に本件預金の入金額から右〈1〉の金額を別表四ないし七記載のとおり抽出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、被告設定の右三点の基準について考えてみると、右三点の基準のうち、振替入金、手形入金、配当金入金等を売上入金とは認められない入金額としたことは、そば屋業という原告の業種の売上の性質からみて妥当であるとしても、一日当たりの売上入金額を最高限三万円程度としたことについては、本訴にあらわれた全証拠によるも、その合理的根拠を見出すことができない。のみならず、〈証拠省略〉と別表四ないし七とを対照してみれば、本件預金の入金には、別表四ないし七に抽出した以外にも右三点の基準によれば原告の売上入金と認められない入金が少なからず存在することが認められ、結局別表四ないし七記載の金額は、蛯原証人も認めるように、同人らの主観を交えて抽出されたものであり、右〈1〉の売上入金とは認められない入金額がこれに限られるものと推認することはできない。そうすると、被告主張の売上計上漏れの算出方法は、右〈2〉のパン仕入代金の立替金入金と認められる金額の算出方法について検討するまでもなく、合理性を欠くものといわなければならないし、その他本訴にあらわれた全証拠を検討してみても、〈証拠省略〉によつて認められる本件預金の各入金から原告の売上入金と推認し得る金額を抽出する合理的手法は、これを見出すことができないといわねばならない。

なお、被告は、原告が本件預金の入金額について原告の売上金額とそれ以外の金額とを区分できず、また明らかにしていないのであるから、本来本件預金の入金のすべてを原告の売上金とみるべきであると反論するが、〈証拠省略〉によれば、被告も自認するとおり、一日に現金入金が二回ある日があること、原告の売上金とは認められない現金以外の入金があること、及び原告の売上金とは認め難い高額の入金が少なからずあることが認められ、また前記2の(一)認定のとおり、本件預金の支出面に原告の営業と関係のないパンの仕入の支払があつたのであるから、被告の右主張は失当である。

(2) 自家消費額について

被告主張の自家消費額は、原告代表者及びその家族全員(〈証拠省略〉によれば、妻と子供三名であることが認められる。)が毎日三食をすべて原告の仕入材料で賄つていることを前提として、これを算出しているところ、原告の仕入又は製造した飲食物のうちなにがしかの自家消費のあることは、〈証拠省略〉によつても認められるが、被告が前提としている右事実を認めるに足る証拠はないので、被告主張の自家消費額の算出方法は、合理性を欠くし、その他全証拠によるも自家消費額を合理的に算出すべき資料を見出すことができない。

(3) 以上によれば、被告の主張2による原告の所得金額の推計方法は、採用し難いといわねばならない。

(二)  被告の主張3について

(1) 別表一三記載の原告の本件各事業年度の売上原価、営業費、営業外収益及び営業外費用の各金額は、当事者間に争いがない。

(2) 同業者の平均売上総利益率

〈証拠省略〉を合わせると、東京国税局長は、昭和四七年一〇月二〇日付で被告に対し、渋谷税務署管内でそば屋業を営む法人のうち、対象法人の事業年度が原告の三七ないし四〇事業年度と六か月以上同一の期間を含む法人で、売上原価が原告の三七事業年度に係る年度について七四一、〇〇〇円以上二、九六五、〇〇〇円以下、原告の三八事業年度に係る年度について八五四、〇〇〇円以上三、四一七、〇〇〇円以下、原告の三九事業年度に係る年度について七六三、〇〇〇円以上三、〇五五、〇〇〇円以下、原告の四〇事業年度に係る年度について八三〇、〇〇〇円以上三、三二一、〇〇〇円以下であるもの(ただし、推計により所得金額を認定したもの、更正又は決定を行なつたもので国税通則法の規定に基づく不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの、及び当該処分に対して不服申立又は提訴がされて現在審理中のものを除く。)全員の右各事業年度の売上高、売上原価(各金額は、対象法人の損益計算書、確定申告書等及び法人税決議書に基づき、最終課税事績の金額を記入する。)、売上総利益(売上高から売上原価を控除した金額を記入する。)及び売上総利益率(売上総利益を売上高で除して得た値に一〇〇を乗じたものを、少数点以下二位(三位以下は切り捨てる。)まで記入する。)を報告するよう求めたこと、これに対する被告の調査結果によれば、右の条件に該当した法人は、原告の三七及び三八事業年度に係るものとして別表九及び一〇の同業者記号「A」ないし「P」と一六法人、原告の三九及び四〇事業年度に係るものとして別表一一及び一二の同業者記号「A」ないし「M」の一三法人であり、その売上高、売上原価、売上総利益及び売上総利益率は別表九ないし一二の各欄記載のとおりであること(ただし、別表一〇記載の同業者記号「N」の売上総利益率は五四・九九パーセントの誤算と認められる。)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、平均売上総利益率算出の対象となつた同業者は、その売上原価が原告の前記売上原価の二分の一以上二倍以下のもので原告とほぼ営業規模を同じくし、原告と同様渋谷税務署管内でそば屋業を営む同業者であり、前示の特殊事情のあるものは除かれているから、同業者の抽出基準に合理性があり、かつその抽出について恣意の介在する余地がなく、また右の調査は、該当法人の損益計算書、確定申告書等及び法人税決議書に基づき、最終課税事績の金額が記載されたものであるから、右同業者の実在性、調査結果の正確性が担保されているということができる。更に、右同業者の抽出数が資料に客観性を与えるに足りるものであることも肯認しうる。したがつて、このような同業者の平均売上総利益率は一応の普遍性が担保されているというべきであり、右同業者の平均売上総利益率を基礎に原告の売上高を推計することは合理的なものというべきである。

これに対し、原告は、その法人名、住所を開示しない同業者に関する資料〈証拠省略〉は、形式的証拠力がなく、少なくとも証明力を認めるべきでないから、右資料を原告の所得推計の基礎とすることは許されないと主張する。

しかしながら、右資料は、公務員である被告が東京国税局長宛に提出した公文書であり、同業者の法人名、住所を開示しないのは、税務職員は自己が職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならないことが法律上義務付けられている(法人税法第一六三条、国家公務員法第一〇〇条第一項、第一〇九条第一二号)以上やむを得ないところであり、他面において、右資料の作成者の証人尋問により、その作成の経緯が具体的に明らかにされ、前示のとおり同業者の実在性、資料の正確性等を認めることができるのであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、そば屋業者の売上総利益率は種々の営業条件によつて変動を生ずる可能性があり、原告の営業内容は同業者に比し競争条件及び効率性が劣悪であるから、同業者の平均売上総利益率を基に原告の売上高を推計するのは合理性がないと主張する。

しかしながら、同業者の平均値による推計の場合には、一定数の同業者が確保されている限り、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異による利益率の差異はその平均により捨象されているというべきであるから、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないと解すべきである。そこで、原告主張の諸点について判断するに、まず原告は、全くの素人としてそば屋業を始めたから経営方法も自己流になりやすいと主張するが、〈証拠省略〉によれば、原告代表者がそば屋業を始めたのは昭和二六年であり、原告設立も同二七年であることが認められ、本件各事業年度に至るまでに既に一〇年以上経過しているから、原告の右主張は、右推計の不合理性に関する主張としては理由がない。立地条件として近隣に同業者がいること及び住宅地であることは、原告に特異な条件ではなく、また住宅地であることは、売上高がおのずから限定されてくることはともかく、それが直ちに売上総利益率を低下させる原因とは必ずしも認め難いうえ、仮に右要因が売上総利益率に影響するとしても、前記同業者の平均売上総利益率の中に捨象されているというべきである。また原告は、店舗が狭隘で老朽化し、設備も劣悪であると主張するが〈証拠省略〉中この点に関する供述部分は、平均的な同業者と比較して原告の店舗及び設備がどの程度劣るかという点について具体性がなく、右要因は、顕著なものでない限り、前記同業者の平均売上総利益率の中に捨象されているというべきである。次に原告は、ゆでめんの販売を不利な条件として主張するが〈証拠省略〉によれば当時ほとんどのそば屋でこれを販売していたことが認められ、また原告は、小口の出前販売が多く効率が悪いと主張するが、〈証拠省略〉によれば、出前と店売の比率は約六対四であり、これは住宅地にある他の同業者についてもほぼ同じであるというのであるから、右の点は原告に特異な条件とは認め難い。更に原告は、うどんの玉を大きくしてサービスするなど利益率を下げて売上を伸ばす努力をしていたと主張するが、〈証拠省略〉中この点に関する供述部分は、平均的な同業者と比較してどの程度異なるかという点について具体性がなく、また、この種業者として顧客サービスに努め売上を伸ばそうとすることは、同業者に共通するところであり、原告に特異なものとは認められない。そして、他に右推計を不合理ならしめる特殊事情を認めるに足る証拠はない。よつて、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、同業者の売上原価の範囲を原告申告売上原価の二分の一以上二倍以下としていることも合理性がないと主張する。

しかしながら、原告申告売上原価は、原告の本件各事業年度の売上原価として当事者に争いのない金額であり、抽出同業者の売上原価の範囲を右原告申告額を中心として右のように限定することは、原告の営業規模に可及的に近似した同業者により平均売上総利益率を算出するために合理的なものであつて、原告の右主張は理由がない。

そこで、前記調査結果に基づき、同業者の平均売上総利益率を求める(少数第三位以下切捨て)と、三七事業年度五七・七八パーセント、三八事業年度五九・二五パーセント、三九事業年度六〇・八三パーセント、四〇事業年度六一・〇二パーセントとなる。

(3) 原告の所得金額

前記(2)の同業者の平均売上総利益率と前記(1)の本件各事業年度の売上原価を基に原告の売上高を算出する(円未満切捨て)と、三七事業年度三、五一一、四〇四円、三八事業年度四、一九二、八五八円、三九事業年度三、九〇〇、〇四三円、四〇事業年度四、二六〇、一六四円となり、これと前記(1)の本件各事業年度の営業費、営業外収益及び営業外費用の各金額から原告の所得金額を算出すると、別表一三記載のとおり三七事業年度七一二、七一七円、三八事業年度一、一一六、七二〇円、三九事業年度一、〇三三、二七三円、四〇事業年度九八一、四八一円となる。

これに対し、原告は、申告に係る売上総利益率が低い原因は種々考えられるのに、直ちに売上除外による過少申告と断定し、申告売上原価を基礎として同業者の平均売上総利益率から売上高を推計することには合理性がないと主張する。

しかしながら、前記2の(一)の認定のとおり、原告の簿外当座預金の性質を有する本件預金が発見され、右預金に原告の売上金が頻繁に入金されていたことから、原告に売上除外があることが認められたのであるから、このような場合に、当事者間に争いのない原告申告売上原価を基に、前記(2)記載のとおり合理性の認められる同業者の平均売上総利益率を適用して原告の売上高を推計することは、十分合理性が認められる。よつて、原告の右主張は理由がない。

したがつて、三七事業年度の更正は、前記所得金額七一二、七一七円の範囲内においては適法というべきであるが、これを超える部分については違法であり、取消しを免れない。三八ないし四〇事業年度の各更正は、いずれも前記各所得金額の範囲内であるから適法である。

三  次に、本件各決定について判断する。

前記二記載のように、原告は、本件各事業年度ともに原告の売上の一部を除外して、原告はの簿外当座預金の性質を有する本件預金に入金し、利益の一部を脱漏した納税申告書を提出したものと認められ、右の行為は、国税通則法第六八条第一項の納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した行為に該当する。

したがつて、三七事業年度の更正のうち所得金額七一二、七一七円を超える部分が違法であり、取消しを免れないものであること前記のとおりであるから、これに附随してされた同事業年度の重加算税賦課決定も、右に対応する部分について違法であり、取消しを免れないが、右決定のその余の部分及び三八ないし四〇事業年度の各重加算税賦課決定は適法である。

四  結論

よつて、原告の本訴請求は、三七事業年度の更正及び重加算税賦課決定のうち所得金額七一二、七一七円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 成瀬正己)

別表一ないし一三 〈省略〉

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